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Article: 最初のマラソンは悪夢、それでも僕が走り続ける理由

最初のマラソンは悪夢、それでも僕が走り続ける理由
interview

最初のマラソンは悪夢、それでも僕が走り続ける理由

Why I Run:Stories from Runners
vol.4 ハリー杉山さん(後編)

Text:Shun Sato

マラソンはこりごり

「もう二度と走らない」

2018年2月、ハリー杉山さんは、初マラソンとなる東京マラソンを駆けた後そう思ったという。

認知症と戦っている父に元気を与えたいというテレビの企画で走ることになったが、初レースに向けてのプロセスは散々だった。17年12月にハーフに出て、腸脛靭帯を痛めた。だましだましで走り続け、レース1週間前10キロのレースに出て、撃沈した。その頃は、単独で練習しており、治療のノウハウも頼るべき仲間もいなかった。事務所のスタッフと話し合う中、スポーツドクターを訪れ、痛み止めの注射など6本打った。レースでは5キロから痛みが出たが歯を食いしばって走り、3時間40分06秒で走り切った。

「ほんと、苦しかった。子どもの頃の嫌な気持ちってあったけど、そのレベルをはるかに超えていました。マラソンは、もうやりたくない。みんな、こんなことをして体をいじめるなんておかしいよ。みんな、どうかしてるぜって思いました(笑)」

と、言いながらもマラソンを継続していたが、本格的にスイッチが入ったのが、20214月に「ランスマ倶楽部」のMCを始めてからだった。番組のMCを務める金哲彦さん、ランスマメンバーの瀬古利彦さん、藤原新さんたちとランニングについて話をする中で、ランニングの知識や練習方法、ケアのやり方を学び、ロケにいくことでランニングの仲間が増えていった。さらにTEAM NASTYというランニングチームを作り、仲間と走る楽しさを実感できるようになった。

最愛の父との別れ

2021年、コロナ禍の影響でマラソン大会が相次いで中止される中、ハリーさんも出走を予定していた水戸漫遊マラソンが中止になった。サブ3.5を目指しての勝負レースがなくなり、翌22年の東京マラソンに向けてNASTYの仲間と河川敷で42.195㎞を走ることにした。だが25キロ地点でストップしてしまった。金さんにダメ出しされ、「これは、ヤバいな」と思ったが、それから軌道修正して、2022年3月、2度目のマラソンとなる東京マラソンでサブ3.5(3時間28分49秒)を達成した。そこから段階的にサブ3を目指していくのだが、この2022年はハリーさんにとっていろんな意味で大きな1年になった。

4月、長野マラソンで3時間13分41秒をマークし、15分切りを達成した時だった。

「やった!と思い、レースが終わったタイミングで母に電話をしたんです。そうしたら、今朝、父が亡くなったというのを聞いたんです。ちょうど長野に行く前日に介護施設に会いに行って、『行ってくるわ』と言って出てきたのですが、まさか1日で容態が急変してしまうとは思わなかったです」

ハリーさんの父は2012年に認知症と診断され、その後、自宅介護を始めた。それからハリーさんは24時間、介護に追われ、メンタルが病み、仕事や日常生活にも影響が出た。母親も介護に疲れ果て、家庭崩壊の一歩手前にまで追い込まれた。救いを求めて、2015年に介護施設に切り替えることで、自分たちの生活を取り戻し、3人とも生活の質が上がった。20年~22年の頃は、コロナ禍の影響で面会が謝絶され、心配が尽きなかった。

「父が亡くなったことは、悲しいんですけど、自分のなかでは一つの区切りがついた感じでした。認知症にかかり大変でしたし、コロナの時は会えない日々がつづき、父の病気が進行するなか、何とも言えない絶望感に押しつぶされた日々を過ごしてきたんです。今、思えば、長野はそういうコロナや介護から解放されたレースでした」

ネガティブな感情の封印

長野マラソンから半年後、ハリーさんは水戸漫遊マラソンで3時間10分切りを目標にして出場した。これは「ランスマ倶楽部」でも放映されたが、レース中のリアルなハリーさんを映し出したものになった。後半、千波湖で足を故障し、それから表情が険しくなり、愚痴がこぼれ、「くそ」「痛い」を連発して走った。

「確かに『くそ、いてぇ』って言っていましたね(笑)。マイクをつけていることを言い訳に使っている自分がすごくしょうもなかったです。しかも千波湖で足を捻挫したと思ったんですけど、VTRを何度も見返すとたいして捻挫していないんですよ(苦笑)。ちょっと足が内に入ったぐらいで、ぜんぜんなんですけど、たぶん、そこで足とかエネルギーを使い切ってしまい、心がブレブレになったんだと思います」

その様子が放映された後、ハリーさんは番組内でネガティブな発言を封印することを約束した。言い訳や逃げ場をなくし、マラソンでリアルな自分と向き合うことを誓ったのだ。覚悟を決めた後、顔つきが引き締まり、変わった感じを受けたが、実際、そこからハリーさんは順調にマラソンの階段を駆け上がっていった。ちなみに翌2023年の水戸漫遊マラソン、ハリーさんが故障したポイントには、「足元注意」の大きな看板が置かれていた。

「これって、完全に自分の責任というか、僕に向けてのメッセージですよね。だって、あそこで転けそうになって捻挫した人って僕ぐらいしかいないんで(苦笑)」

テレビの影響力の大きさを物語るエピソードだが、今後も看板による注意喚起が続いていけばのちに「ハリーポイント」と称され、箱根駅伝の「寺田交差点」みたいな有名なポイントになっていくかもしれない。

ランニングは心の整理整頓

2023年11月つくばマラソンにおいて2時間56分41秒でサブ3を達成。2025年の太田原マラソンでは、2時間53分53秒の自己ベストをマーク。今、ハリーさんは、サブエガ(2時間50分切り)に向けて練習中だ。

「本当なら3月の東京マラソン(※東京マラソン2026は2時間52分54秒の自己ベストをマーク)でサブエガを狙いたいと言いたいところですが、そう簡単ではないですからね。キロ4分で気持ち良く走れるようになってきましたけど、まだジョグ感覚で走れていない。ハーフで80分に近づいたら本格的に狙いにいけるのかなと思っています」

緻密に組んだメニューを組み合わせながら走力を高めているが、練習を積み重ねていくなかで目標を達成するためには大事なことは何だと考えているのだろうか。

「怪我しないことですね。怪我するとそれまで積み上げてきたものがあっという間に消えちゃう可能性があるので。僕は常に怪我をしないギリギリのラインはどこなのかを考えて練習をしています。メニューも100%出し切る必要はなくて、80%ぐらいでコンプリートできるメニューをコツコツと積み重ねながら設定を少しずつ高め、攻めていく感じです」

練習後のケアも重視している。良い練習は良いリカバリーから生まれるとよく言われるが、ハリーさんはコンプレッションブーツを使用、リカバリーウエアを着用し、疲れを残さないように心掛けている。もちろん、ストレッチも欠かさない。ほとんどプロのようなライフスタイルだが、目標とするランナーはいるのだろうか。

「ソナーポケットのeyeronさんです。1年ぐらい走っていない時期があるのにもかかわらず、復帰してすぐに2時間35分を切るタイムで走ってしまうんですよ。eyeronさんは、アーティスト、人としても素晴らしいですし、ランナーとして本当にリスぺクトしています。僕はまだサブエガすら達成できていないので、その領域は考えられないですが、いつか涼しい感じで2時間30分台を出せる日がくればいいなと思います」

怪我なく、練習を継続できていれば、いつか新しい景色を見る時がくるだろう。これからも走り続けるハリーさんに、最後に聞いた。

なぜ、走るのですか。

「心の安定、心の整理整頓のためです。走ると家族や仕事、将来のこととかいろんなことでごちゃごちゃになった脳が整理できます。それにいろんなホルモンが分泌されるので、ポジティブに明日を迎えることができるんです。シンプルに走ることで、それができるってすごいですよね(笑)」

前編「118時間、走ることについて考えています」

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1日18時間、走ることについて考えています
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