
1日18時間、走ることについて考えています
Why I Run:Stories from Runners
vol.4 ハリー杉山さん 前編
Text:Shun Sato

走ることへの嫌悪
父の背中を追う。それがハリー杉山さんのランニングの現風景だった。
「4,5歳の頃、ジャーナリストだった父が外国特派員協会での記者会見に向かう際、遅れそうだったので桜田門の辺りから急に走り始めたんです。その背中について行こうと必死になって走ったんですが、置き去りにされました。楽しいとか一切なくて、ただ背中にしがみついていこうと必死に走ったのを覚えています」
その後、サッカーを始め、走ることが増えたが、ハリーさんにとって“ただ走り”は試合中でマークを外した時や寮で規則を破った時の罰走の意味合いが強かった。
「だから、子どもの頃は走るのが嫌だったし、ダルかったし、何の喜びもなかったです」

マラソンの覚醒
そんな子ども時代を過ごしたハリーさんは、今やサブエガ(2時間50分切り)を目指すランナーに成長した。「ランスマ倶楽部」「ノンストップ」やラジオ、マラソンのゲストとして活躍し、「走らないと気持ち悪い」と、マラソンの沼にどっぷりハマっている。
ハリーさんが本格的に走るキッカケになったのは、「オールスター感謝祭」での赤坂ミニマラソンだった。初めて出場したのは、2013年、その2年後の2015年春のレースでは見事、優勝をしている。
「優勝した時も当時の僕は運動自慢レベルでハンディをかなりいただいていたので、ちょっと走れたら優勝できてしまうという感じだったんです」
最初にキャスティングされた頃は、今のように本格的に走るというところに意識がいかなかった。ある程度の距離を走ればいいという我流の練習で臨んでいた。それでもある程度は走れたが、回を追うごとに強者が参加するようになった。
「そこからですよね。常連さんランナーや歴代優勝ランナーと同じ、後方からのスタートになると頑張っても2位ぐらいで優勝できなくなりました。数年間、森脇(健児)さんにボコボコにされたり、まったく歯が立たなくなってきたんです」

ランスマ倶楽部からの広がり
このままじゃダメだ、走るための練習が必要だと感じた。
ハリーさんが練習のメソッドや知識、速く走るためのさまざまなノウハウを得たのは、2021年4月に「ランスマ倶楽部」のMCを始めてからだった。金哲彦さん、藤原新さんとの出会いで学びの機会が増えた。独特の感性を持つ藤原さんとは気が合い、SUZUKIがよく合宿をしている富士見高原に行き、クロカンコースを走るなど、「鍛錬の場」としてランニング合宿をしている。ランニングを軸に人との縁が生まれ、交友関係の広がりとともにハリーさんの走力も徐々にアップしていった。
ゲストとして来た神野大地には、パーソナルジムのスポーツモチベーションを紹介してもらった。今は吉澤和宏さんが担当になり、普段からエンコンパスを使ったトレーニングでフィジカル強化をはかっている。
「吉澤さんとは、ずっと前から担当してもらい、昨年の東京マラソンや先日のニューイヤーハーフの際もレース当日の朝にスポーツモチベーションに行って、整えてもらいました。エンコンパスというマシーンを使ってやるんですけど、終わった後の体の動きがぜんぜん違うんですよ」
また、ランスマ倶楽部で青学大陸上部を取材に行った時には、近藤幸太郎と仲良くなった。その際、近藤に紹介してもらったY`s鍼灸整骨院の治療に感嘆し、今では月平均6回は通うほどになった。
「Y’sには、僕の芸能界のメンバーやランニング仲間も多く行くようになりました。人を介しての広がりがすごく面白いですよね。テレビはそこの中だけの世界みたいに思われますけど、実はいろんな人に伝播したり、繋がっているんです。こういう人の輪の広がりがランニング文化を作っていくような気がします」

RETOに参加する理由
ハリーさんは、TEAM NASTYという自らが主宰するランニングチームを保持している。一緒に走ることはもちろん練習前のストレッチや交代浴の重要性など必要な情報を提供している。同時に、いろんなチームに参加し、自身のレベルアップに繋げている。神野が主宰するRETO RUNNING CLUBにも時々、参加し、練習はもちろん、合宿にも参加している。
「RETOは、僕から神野君に『ちょっと行ってみていいかな』って話をさせてもらい、行ったんです。最初の頃はチームが3つで、皇居2,3周してもトップでついていけていたんです。でも、今は8クラスになり、僕は2時間55分切りをターゲットにしているチームに参加させてもらっているんですが、レベルがめちゃくちゃ高いんですよ(笑)。RETOの良いところは、意識の高さ。昨日の自分よりももうちょい違うところに行きたいという気持ちが、みんな強いんです。そこで練習しているとサボれないというか、やるしかないので勝手に体が動くっていう感じです。RETOの環境は、本当すばらしいと思います」
ハリーさんがチームで行くレース会場でRETOのメンバーと会い、一緒に応援し合うなどハリーさん曰く「すごくいい関係性がRETOとは築けている」という。

めんどうくさい男
練習にはこだわりを持つが同じぐらいシューズにもこだわりがある。
昨年、イギリスに1週間の休暇をもらって行った時、土曜日の朝9時30分から公園で行われる5キロのレース「パークラン」に参加した。その後、足底に炎症が出たのでキロ5分30秒か6分ぐらいのジョグに適したシューズが欲しくなり、ロンドンのいろんなランニングショップに赴き、いいシューズがないか、見て回った。
「その時、ある店でサッカニーのハリケーン25の30.5㎝があったんです。日本だと定価が26500円ぐらいで、30㎝まではあるんですが、30.5㎝がないんですよ。この0.5㎝の差が大きいんです。で、買ったんですが、36000円でした。イギリスだと円安でバカ高いです(苦笑)。今、ソールも変えていますし、足のアーチを維持するためのトレーニングもしています。もちろん用途によってシューズは変えます。こだわるって言えば、聞こえはいいですが、かなり面倒くさいヤツです。人として、男として、ここまで気になってしまうのは、どうかしていると思いますもん(笑)」
テレビでの仕事中、スタジオでふと人に目をやると、以前は時計や靴に目が行っていた。今は、この人、姿勢悪いなとか、中殿筋に力が入っていないなとか、そういうフィジカルのフィルターで見てしまう。
「スタジオで、その人の歩き方とかを見てしまうんです。この人は、こんな歩き方をしているのでコアが抜けているなとか。さすがに、それはその人には言えないですね。番組中、みなさんの話を拾って展開していかないといけないですし、いきなりコア抜けていますねって言ったらただの嫌な奴じゃないですか(苦笑)。でも、そのくらいすべてが走ることに繋がっています」
1日、24時間、いったいどのくらい走ることについて考えているのだろうか。
「1日24時間のうち、寝ている時間を抜いて18時間は走ることを考えています」
実際の取材の日は、朝から『ノンストップ!』があったが、早起きして3.5㎞を走り、その後、ジムでトレーニングをした。ついついやり過ぎてしまい、テレビ局の入りが少し遅れてしまった。「遅刻は本末転倒」と反省したが、そのくらい走ることに集中している。
夜の付き合いもめっきり減った。
「20代の頃は仲間を誘ってよく飲みに行っていました。でも、今は飲みではなくて、走りに誘っているんです。正直、おかしい人ですよね(苦笑)。基本的に朝、走ると血の巡りがよくなって、脳が良く動く状態になり、そのまま仕事に行くと全部パーフェクトにできたりしたんです。僕にとってジョグが栄養なんですよ」

年齢との闘い
ハリーさんは、41歳になったばかりだ。
尊敬する弓削田眞理子さんのように67歳でサブ3を達成するランナーがいるが、40代は肉体的に大きな変化を迎える年代になる。見るからには若若しく、とても41歳には見えないが、加齢について、どう考えているのだろうか。
「モデル時代の腹筋バキバキに割れて、筋肉が大きかった20代の頃よりも今の方がフィジカルパフォーマンスは高いです。クオリティオブライフと幸せを計ることができるのであれば、今の方が圧勝していますね。でも、確かに酒の抜け方は20代の頃と違って残るので走ったり、サウナや酸素カプセルに行って抜いています(笑)。いずれ筋力などが落ちてくると思いますが、その年齢でやれることをすればいいかなと思うので不安とかはないです。メンタルで言えば、フルマラソンをやるようになってから心がブレることがなくなりました。心と体の健康は、今が最強だと思います(笑)」
昔は、自分の好きな人がLINEを既読スルーにしていると、すごく敏感になり、返信がないのは自分が送ったスタンプがキモ過ぎたのかなぁとか変な心配をして、そのことに1日中振り回されていた。今は、変なスタンプを送って返信がなくても、今日はハマらなかったんだと気にしなくなった。
「自分にはマラソンがあるという自信が、精神的なゆとりを生んでいるんだと思います。いやぁーでも、変わるもんですね。子どもの頃は走ることが大嫌いで、ある意味罰走だったものが今は3度の飯より、いや酸素より大事なものになりました(笑)」
走るのが好きを超えて、ライフスタイルの軸になっている。
この日も取材後、織田でポイント練習が入っていた。ポイント練習の二日前くらいから逆算して昼に何を食べて、練習後はどこでケアをして、夜は何を食べるか。そんなことをずっと考えていたという。
「ランニングのことをずっと考えちゃってるんです。仕事がもちろん大事なんですが‥‥なんか、もうまずいですよね(苦笑)」
ハリーさんは、「がんばらなきゃ」ではなく、「どうやったら走ることを楽しめるか」と常に考えているのだろう。それが楽しいから考えることも苦にならないのだ。


















