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記事: おかやまマラソン2025~緊急救命の現場~

おかやまマラソン2025~緊急救命の現場~
interview

おかやまマラソン2025~緊急救命の現場~

RRC member interview

text:Shun Sato

瞬時の判断で救った命 ー 神谷久美さん

最後のトラックで起きた緊急事態

 “競技場に入って、1周したら終わる”

おかやまマラソン2025に出走していた神谷久美さんは、そう思い、最後の力を振り絞って岡山県総合グラウンド陸上競技場に向かった。自己ベスト更新はほぼ間違いなく、足は疲れ、重かったが気持ちは軽やかだった。

競技場に入ってトラックに入った時だった。
男性が倒れており、傍にいるランナーが助けを求めていた。

神谷さんは、咄嗟に緊急事態であることを察し、ペーサーとして一緒に走ってくれた成相陽平さんに「行きます」といって、倒れている男性の元に向かった。

一刻を争う心停止

倒れていた男性は、白目をむき、口からは泡を吹いていた。脈はまったく触れず、心停止の状態だった。心停止は、心臓がブルブルとけいれんしてポンプとしての機能がなくなり、心臓から正常に血液を送り出すことができない状態のことだ。このまま心静止になってしまうと完全に心臓の動きが止まり、再び動かなくなってしまう。

「1秒でも早く蘇生しないと」

危険な状態と見た神谷さんは、駆け付けた学生のボランティアに「AEDをお願いします」と伝えた。その間、ボランティアの女性が心臓マッサージ(胸骨圧迫)をしていたが、不慣れなように見えた。看護師の神谷さんは、心臓マッサージの経験はあるが、もっぱら高齢の細い人が多く、倒れている男性のように体格が良い人にはしたことがなかった。

「できるかなという思いもありましたが、もうやるしかなかった」

ボランティアに代わって心臓マッサージを始めた。

命を繋ぐ心臓マッサージ

この心臓マッサージは、簡単そうに見えるが実はかなり体力がいる。心臓に届くように両手のかかとを重ねて沈ませて1分間に100回〜120回の速さで繰り返す。しかも圧迫を繰り返す際、手を胸から離さないようにしなければならない。

フルマラソンを走って来た神谷さんはすでに体力をかなり消耗しており、ずっと続けるのは難しいと思った。その矢先、隣で見ていた男性ランナーが「代わります」といって心臓マッサージを継続してくれた。

救われた命

AEDが来て、音声通りに装着して、ボタンを押した。

AEDとは「自動体外式除細動器」と呼ばれる「高度管理医療機器」のことだ。電気ショックを与えることで痙攣した心臓を正常な状態に戻すのだが、これが遅れてしまうと心臓から血液を送り出すことができなくなり、時間の経過とともに生存率がどんどん下がってしまう。

AEDを使用し、心臓マッサージが続いた。
男性のゼッケン番号の上には氏名が記載されており、周囲の人はその名前を必死に呼んだ。

「OOさん、戻って来な!!」「OOさん、みんな待っているんだよ」

周囲にいるみんなが声をかけ続け、リレーのような救命処置でその男性はようやく息を吹き返した。蘇生後に救急隊が来て、神谷さんは男性の状態を救急隊員に丁寧に伝えた。男性は、担架で運ばれて、病院に緊急搬送された。

後日、おかやまマラソンの事務局の方から連絡をもらい、神谷さんはホッとしたという。

適切な処置と幸運

「助かって良かったなぁと思いましたね。私は以前、外科病棟で働いていたので、容態の急変やイレギュラーなことが起きることはあったんですけど、フルマラソンで生死の彷徨うような現場に遭遇し、処置をするのは初めてでした。今、考えると怖いし、よくできたなと思いますね」

今回、男性が助かったのは、適切な処置とともに運もあったという。

「競技場内で倒れられたのが不幸中の幸いでした。たくさんのボランティアさんがいて、AEDも装備されていたので必要な処置ができました。これが何もない道路や私はトレイルもするんですけど、山の中だと、たぶん厳しいことになっていたと思います」

マラソンの場合、よくドクターやメディカルがランナーとして走ったり、自転車に乗って不測の事態が起きていないか目配りをしているが、岡山マラソンでもAED班やドクター、救護班など800人体制を敷いていた。

メディカルランナーとして

我々の安全と健康を見守ってくれるからこそ安心してマラソンを走れるわけだが、神谷さんは、今年の8月、北海道マラソンで初めてメディカルランナーを経験した。

「北海道マラソンは、暑いのでタイムを狙う感じではないと思っていました。でも、道マラを経験したい気持ちがあって、それなら自分の仕事を活かせるメディカルで走ろうと思ったんです。熱中症とか、脱水症状とかで苦しむランナーさんたちの助けになればと思いましたし、思い出つくりも兼ねてメディカルランナーに応募しました」

メディカルランナーとは医師・看護師・准看護師・救急救命士の資格を持っている人で、レース走行中に万が一、他のランナーの健康上重大な事象に遭遇した場合に、初期対応や緊急処置に当たる人のことだ。

メディカルランナーの仕事

北海道マラソンの場合は、メディカルランナーは「救護サポートランナー」と書かれた赤い文字のゼッケンをつけて、基本的には単独で走るのだという。

「普通、マラソンを走る際、周囲をきょろきょろして走ることはないと思うんですけど、メディカルの場合、立ち止まっている人や倒れている人、具合が悪そうな人がいないか、ずっと周囲を見ながら走ります。道マラは気温と湿度が高かったので、足が攣って立ち止まっている人や座っている人が多く、そういう人たちに『大丈夫ですか』って声を掛けていきました。相手の『大丈夫です』という声を聞いてからその場を離れますが、夏のマラソンは過酷だなと思いましたね」

途中、意識はあるが動けなさそうな人がいた。自ら「大丈夫です」と言っていたが、ちょうど逆走で自転車の救護班が来たので、「この地点で男性がひとり倒れていますので、見てもらえるとありがたいです」と伝えた。そういうメディカル班の連携は、42キロの広範囲をカバーしているので非常に重要だ。だが、ロードの途中には人気が少なく、何もないところもある。

「人が多くいるところや救護所が確認できる地点だといいんですが、本当に何もないところもあります。そういうところで座ったり、倒れている人がいるとちょっと怖いですし、放置するわけにはいかないので立ち止まるつもりでした。さいわい、そういうことなく無事に終われたので良かったです。ただ、周囲をずっときょろきょろしながら走っていたので足じゃなくて、首が疲れました(苦笑)」

自己ベストは名古屋で

今、神谷さんは訪問看護ステーションで働いている。24時間の待機があるなど、過酷な労働だが、それで救われたり、助けられたりする命がある。その合間、合間で走る時間を作り、おかやまマラソンでPBを目指していた。

「本命は来年の名古屋マラソンです。サブ3.75をクリアしたいなと思い、その前の岡山でPBを出そうと陽平さんにペーサーをお願いして出場しました。PBは残念でしたが、自分の仕事を活かしてひとりの人を助けることができました。たぶん一生記憶に残るレースになったと思います。でも、まさかこんなことが起こるとは思わなかったので、マラソンは、いつどこで何が起きておかしくはないんだなぁと改めて考えさせられました」

その時のことをSNSで投稿すると、「自分ならゴールした後に戻って助ける」「自分ができることはないので、他の人に任せてしまうだろう」とか、いろんな声が届いた。

「いろんな考えがあるんだなと思いましたね。私の場合、その場で考えるというより咄嗟に動いていたので、それは自分でもびっくりでした」

普通の人なら心配しつつ素通りしてしまうかもしれない。だが、そこで動けるのは医療従事者としての使命感、責任感が強いからだろう。

記憶に残るおかやまマラソン

男性の搬送を見送った後、神谷さんは成相さんと人命救助をした男性と一緒にトラックを1周して、ゴールした。PBは見送りになったが、救急措置を施し、人命救助に貢献できた。ランナーとしても人としても誇れる42.195キロだった。

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