
家族とともに駆ける
RRC member interview
text:Shun Sato

本気の受験
2025ー2026シーズン A+チーム MVP 土本優作さん
土本優作さんにとって、2025‐2026シーズンは充実の1年になった。
中小企業診断士の試験とマラソン、ともにしっかりと結果を出したからだ。中小企業診断士とは、中小企業の経営強化や問題点の洗い出し、経営面でのアドバイスや指導を行う国家資格。1次試験、2次試験に合格する必要があり、さらに登録には第2次試験合格後に、15日間以上の実務補習か診断実務に従事し、この条件をクリアして登録となる。
土本さんは、この試験に4年前から挑戦を始めた。
しかし、なぜ中小企業診断士だったのか。
「私の妻の父が中小企業診断士なんですよ。もともと銀行に勤めていて20年ぐらい前に脱サラをして今は独立してコンサルタントをされているんです。いろいろ話を聞いて行くうちに仕事の内容に魅力を感じ、勉強をスタートさせました」

奇跡の1次試験合格
ただ、いうほど簡単に試験に合格できるわけではない。2025年の1次試験合格率は約23.7%、2次試験合格率は17.6%、合格までに必要とされる勉強時間は1000時間ともいわれる超難関の国家試験だ。
「4年やってきましたけど、今回は人生賭けてちゃんとやろうと。マラソンのプライオリティと勉強のプライオリティを入れ替えました」
1次試験は7科目あり、土本さんは、4科目で合格点を取らないといけなかった。通勤ランをバス通勤に切り替え、片道40分、試験勉強時の高校生のように本とにらめっこした。仕事の昼休み、夜も勉強し、予備校にも通った。8月2、3日の1次試験、4科目それぞれ60点以上、合計で240点が必要だった。だが、自己採点で237点になり、「また来年か」と肩を落とした。
「その1か月後、確認のために合格発表を見たんです。そうしたら合格していたんです。私が間違えた質問に不備があることが判明するという奇跡が起こったんです(笑)。ただ、合格発表が9月2日で2次試験が10月26日にあるのですが、落ちたと思っていたので勉強していなくて(苦笑)。そこから土日は朝から図書館にこもって勉強をして、予備校で模した例題や過去の問題を解いたりして、その期間は走らずに勉強、勉強でした」
2次試験は4問あり、記述式でそれぞれ60点で240点が必要だったが、土本さんは253点を取って合格した。

つくばの衝撃
試験が終わった11月からマラソンの練習を始めたが、鏡で自分の体を見るとシルエットがだいぶ丸くなっていることに気が付いた。
「1次試験の頃から勉強のストレスでめちゃくちゃ食べていたんです。勤務先が丸の内なので、昼はスパイスシアターで大盛のカレーを毎日食べていました。走ったのは月間で50キロぐらいで体重が75キロまでいきました(苦笑)。マラソンのシーズンだと67キロなのですが、このままではさすがにまずいなと思い、明らかに体重がパフォーマンスを阻害しているであろう人にダイエットをやろうと声をかけて生まれたのがダイエット部でした」
土本さんは、ダイエットとランニングの両輪を急ピッチで回していった。食事制限に取り組み、米や麺類など炭水化物を抜き、夜遅くに食べないことを徹底した。体重は徐々に落ちて行ったが走力は簡単に戻るものではない。11月、体重は70キロまで落ちていていたが、つくばマラソンでは思うように走れなかった。
「つくばは、最初ミキティ―(三木俊弥)たちと3時間10分ぐらいのペースで走っていたんです。でも、30キロ過ぎにダイエット部で先に痩せたミキティーにぶち抜かれて、全然ついていけなかった(苦笑)。これはヤバい。別大や東京マラソンまでに上げていくのは難しい。この時は、もう今シーズンは記録を狙えないなと思いました」

余裕が生んだ自己ベスト
11月、RETOの練習会は、B+からスタートした。徐々に上げていき、12月は月間416キロを走り、体重は68キロまで落ちて、走れる体型になってきた。練習も熱が入り、10マイルを3分50秒で走る練習を2、3本程度こなした。そうして迎えた別府大分マラソンで2時間49分14秒の自己ベストをマークし、サブエガを達成した。
「別大に行く前に妻に、『今年は気負っていないね。昨年は子どもを抱っこすると疲れるから嫌とか言っていたのに、全然リラックスしているね』と言われて。試験がすべて終わって精神的に解放されたのが大きかった。コンディションはどこまで上がっているのか分からなかったので、ガチに狙いにいくというよりも今の自分でやれる分だけやってみようとマインドで行ったんです。そうしたら(記録が)出たって感じでした(笑)」

1年前の雪辱を晴らす
3月、東京マラソンは少し欲が出た。
コンディションがさらに良くなり、サブエガの壁を取り払ったので、東京でも再現し、あわよくばもう少しタイムを縮めたいと思った。サブエガしているメンバーのなかでも一番下の記録で、「まだ49分か」という声が聞こえてきたからだ。
東京マラソンは、吉田響のように顔や体にテープを貼りまくって走り、2時間48分42秒で2レース続けて、自己ベストを更新した。
「プロ・フィッツのテープを顔に貼ったのは完全に吉田響のマネです。あのテープを貼るとめちゃくちゃリカバリーするのが早くなるので、質の高い練習がずっとできて調子が上がってきたんです。あと、メンタル的にラクな気持ちで走れたのが大きかったです。昨年はすべてを東京に合わせて準備したけどサブエガに届かなかった。メンタル的な余裕がなくガチガチの状態だったんです。真面目な人にありがちなプレッシャーに弱いところがあるんですが、余裕があると、こんなに違うんだって思いましたね」
昨年の東京マラソンのお疲れ様会で、土本さんは悔し涙を流した。サブエガに100%で取り組んできたからこその悔し涙だったが、今年は笑顔で終われた。そして、3月中旬のソウルマラソンで土本さんは2時間48分32秒をマークし、3レースつづけて自己ベストを更新した。

家族の支え
中小企業診断士合格とサブエガ達成、この両輪を達成できたのは、もちろん土本さんの努力が大きいが家族のサポートも大きかった。
「どのレースもですが、フィニッシュした後にわいてきたのは家族への感謝でした。妻も働いているので、しんどいなか練習の時間を作ってくれる。自分だけの力でタイムを出せたわけじゃない。ある時からマラソンを個人のイベントにせず、家族のイベントするようにしました。その方が家族の理解を得られやすいですし、長く続けられるからです」

家族でマラソンへ
前は練習や合宿に行けない時、土本さんはイライラしていたが、逆に土本さんを練習やレースに行かせると機嫌がよくなり、積極的に家事などの手伝いもしてくれるようになった。その結果、今は合宿やレースに「いいよ、行っておいでよ。その代わりにこの日はお出かけしよう」と妻が言ってくれるようになった。実際、土本さんは、合宿やマラソンに家族と一緒に来ている。レースが終われば、家族と合流し、子どもたちと遊び、美味しいものを食べて帰る時間を大切にしている。
「最近は、どんどん行っといてって言われるようになりました(笑)」
地方には母親も同行することが多い。土本さんは小5から中3まで腎臓の病気で運動ができず、親に心配をかけた。その分、今の元気な姿を見せようと思い、親孝行の旅行を兼ねて地方のマラソンに一緒に行くようにしている。2023年の道マラのRETOの打ち上げに土本さんの母親が参加したのは今や伝説になっている。

子どもたちに伝えたいこと
子どもたちにも走る姿をこれからも見せていきたいという。
「私がマラソンが速くても子どもたちにはいいことがひとつもないんですけど、見ていたら僕もやってみようかなと思うじゃないですか。かけっこが好きになってくれたので、親子マラソンに出たいですね。余談ですが、福井マラソン、40キロで家族が応援してくれていたんです。足が終わってジョグしていたので、そこで子どもを抱っこして少し一緒に走ったんです。ルール的にはNGですが、沿道の人が『かわいい』と言ってくれて手を振ってくれた。あれは、子どもにとってすごくいい経験になったかなと思います(笑)」
海外のレースでは、ゴール間近に子どもの手を連れてフィニッシュするシーンがたまに見られる。個人と家族のバランスをうまく取り、みんなが楽しくいられるような道を見つけられたことは、サブエガ達成よりも価値があることだったのではないだろうか。
なぜ走るのですか
「仲間と走るのが楽しいからです。ひとりでコツコツ走って記録を狙いにいく人もいますけど、僕はそういう性格じゃないですし、それを楽しいと思えない。仲間と一緒に自己ベストを目指して切磋琢磨するのが楽しいんです。だから、仲間の挑戦を応援したくなる。仲間とともに私がどこまでいけるか、限界に挑戦していきたいと思います」













