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記事: いろんなものから解放された瞬間

いろんなものから解放された瞬間
interview

いろんなものから解放された瞬間

RRC member interview

text:Shun Sato

練習を切り替えた理由
2025ー2026シーズン C+ チーム MVP 青木瑞恵さん
3月の静岡マラソンで、3時間41分06秒をマークし、3時間45分を切った青木瑞恵さん。自己ベストをマークできたのは、スピードを出さずに距離を踏むという練習を継続していったからだという。その練習に至ったのには理由があった。「本当は昨シーズンに45分を切ろうと思っていたんです。でも、一昨年の12月頃、スピード練習を自分なりに頑張って、けっこうやっていたら腸脛靭帯が痛くなって全然走れなくなって‥‥。ジョグで5,6キロしか走れない状況だったのですが、そんな状況で静岡マラソンを迎えたのです」その時、青木さんは整体の先生に「マラソンに出たら2カ月ぐらい走れなくなるよ。その覚悟があるなら走ってもいいよ」と言われた。「迷いましたが、静岡でレースは終わりなので出たんです。なんとかサブ4は出来たんですけど、案の定2カ月ぐらい走れなくなりました。その時、先生に『マラソンの下地を作ることが重要だからスピード練習は二の次で、週末に20キロぐらいゆっくりでいいので距離を踏んでください』と言われたんです。そうだなと思い、昨年の5月ぐらいから練習をスタートさせました」

週末20キロ走の効果
毎週末、可能な限り20キロを走るようにした。真夏やコンディションの状況で出来ない時もあったが、コンスタントに継続し、月間で200キロ前後走った。すると、自分のなかにあった距離への不安が薄れていった。RETOのメンバーと一緒に少し遠出してロング走する機会も増え、会話しながら普段とは違う景色を楽しみながら、距離を踏むことができたのがとてもありがたかった。 「週末20キロを始める前は、20キロを走るというとイベントみたいな感じで、覚悟を決めて走るみたいな感じだったんです。でも、週末20キロを習慣化していくと20キロ走ること自体のハードルが下がって来て、足にダメージがくることも少なくなりました。20キロ走ってもまだまだいける、キロに対して気持ち的に構えることがなくなったのがすごく大きかったです」

喘息へのケア 
距離を走れるようになると、タイムを追うためにスピードも必要になり、スピード練習に目が向いて行く。青木さんも必要なことだと理解したが、ただ無理やり自分の練習に押し込むことはしなかった。「スピード練習はRETOの練習とハマレンだけです。3時間45分って5分19秒ペースをキープできれば達成できるので、そんなにスピードがなくてもそのペースを維持できれば何とかなると思ったんです。それに私は喘息持ちなので、練習会で無理して喘息が出ると2週間ぐらい走れなくなるんですよ。特に冬は冷たい空気を吸うと気管が刺激されて、その夜とかにすごく咳が出るんです。アップの時とか、マスクしていますし、昨年とかはマスクをして走っていました。コロナの時と一緒です(苦笑)」RETOの練習会でC+で練習して、「もうちょっといけそうだな」と思ってBに行こうかなと思うこともある。だが、調子に乗って喘息が出ると、その後のダメージが大きいので、「安パイを選んでしまう」という。「冬に入ると、喉を守りつつ、風邪をひかないように会社ではずっとマスクしています。風邪気味の人がいたら避けちゃっていました(苦笑)。本当に自分はアスリートなんじゃないかっていうぐらい気を遣っていました」

ベストコンディションで迎えた勝負の日 
RETOの練習会、ハマレン以外は、会社のなかにあるランステのようなジムを利用していた。そこから10キロ程度走ってランステに戻り、サウナに入って体を整えて帰宅する。家に帰ってから走るのは億劫になるので、そこの週1、2回程度、走ってくつろいだ。ケアも練習会などの後は軽くシャワーだけで終わらせてしまいがちだが、湯舟に浸かって体を解してから睡眠を取ると疲れの取れ具合が全然違った。また、1月2月は飲み会が増えるが参加する会を厳選した。酒を飲んで寒空の下を帰るのは喘息によくないからだ。練習以外にも細かい努力を積み重ねていくことでコンディションが整い、静岡マラソン当日を迎えた。「体調は万全で、ここが痛いとか、不安が一切なくて、今日ダメだったらもう45分を切れないだろうというぐらい調子が良かったんです。ちゃんと練習ができてスタートできたのは、初めてでした。前年も出場したため、会場やコースも把握できていて、落ち着いて動けたのもよかったです。」

45分の呪縛からの解放
ゴールタイムを早めに申請したためにスタート地点は、前のブロックになった。青木さんは、5分15秒のイーブンペースで行こうとしたが周囲の勢いに飲み込まれ、入りが5分ちょうどで5キロを走った。「いや、もう撃沈コースだわ、と思いました(苦笑)。そこから落としていくのってけっこう大変だったんですけど、自制を心掛けて走っていました。30キロぐらいまでは安心できなかったですね。いつ足が攣るんだろうって不安があったのですが、35キロを超えても余裕があったんです。しかも海岸線のコースが追い風だったんです。その時、今日はラッキーだなと思って、楽しい感じで走ることができました」そのまま青木さんはゴールラインを駆け抜けた。目標をクリアできた喜びも大きかったが、去来したのは不思議な感情だった。45分を切れてゴールした時は、あぁーやっと解放されるみたいな気持ちでした(笑)。RETOに入って、つくばで自己ベストを更新できたんですけど、そこからぜんぜん更新ができなくて‥‥。サブ4は毎回達成できて、みんなから『サブ4出来て良かったね』と言われるんですけど、そうじゃないんだよなぁ、私はサブ4をしたいんじゃないんだよなぁってずっと思っていたんです。45分を切れて、自分が練習してきたものをようやく出し切れた、やり切れたなって初めて思えました」

RETO は骨折からのスタート
青木さんは、もともと3期生としてRETOに加わった。だが、ちょうど腕を骨折しており、一度も練習に参加できず、4クールは離れて5クールから練習に参加した。その間、サブ4を達成したが、大きくタイムを更新したのは2023年のつくばだった。3時間48分39秒の自己ベストをマークしたが、それからなかなか自己ベストを更新することができなかった。周囲がどんどんタイムを縮めていく中、「自分は自分」と頑張っていたが、それでもやはり気になってしまう。それでもコツコツと練習して、喘息が出ないように細心の注意を払ってスタートラインに立った。不安やプレッシャーなどいろんなものからの解放は、青木さんの素直な気持ちだったのだろう。

新たな1歩 
4月、青木さんは新しいスタートを切った。5年間、パーソナルでお世話になったトレーナーさんがいたんです。コンディションを含めて何かあった時にいろいろ相談できる方だったんですけど、お互いにそろそろという感じになって4月にお話しをしたんです。45分切りを達成できて、ほんとうはもうタイムを追うのは終わりでもいいかなってちょっと思ったりもしたんですけど、普通に走っているともうちょい頑張ってもいいかって気持ちも変わったんです。じゃ今後どうするという話をした時、私は一度、離れて自分で筋トレなどのトレーニングをして、次の目標に向かうことにしたんです」

逡巡する目標 
41分とくれば、次は30分切りを期待してしまう。だが、女性ランナーにとっては、ここが一つの壁になるとも言われている。「サブ3.5ですよね。これを口に出すのには勇気がいりますよね。RETOの女性のみなさんもここで苦しんでいる人が多いじゃないですか。まだ今季の目標にするかどうかは決め切れないです。だって、これを達成するには相当の覚悟がいると思うので」すぐにはうまくいかなくてもこれまでのように継続していけば、必ず見えてくる。そうして、また「解放」の瞬間を迎えられるはずだ。

なぜ、走るのですか。
「走っていると仕事などでしんどいなと思っていることでも、まぁいいっかってけっこう解放されるところがありますし、なんか無になる瞬間みたいのがあるんです。もちろん目標を達成できる喜びもありますけど、走ることで自分のなかのいろんなことを整えるということがすごく大きいですね」

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