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Article: 盗塁を次々と阻止して、ソフトボール遠投68m — 強肩に敷かれたやり投への路

盗塁を次々と阻止して、ソフトボール遠投68m — 強肩に敷かれたやり投への路

盗塁を次々と阻止して、ソフトボール遠投68m — 強肩に敷かれたやり投への路

陸上競技/やり投 武本紗栄選手 前編

Text:Shun Sato

強肩の捕手

7月中旬の真夏の太陽が照り付ける中、武本紗栄選手は入念にアップをつづける。
この時期、トラックの選手は、涼しい気候を求めて地方に合宿を行くことができるが、フィールド競技は真夏であっても限られた場所でしか練習ができない。限られた環境の中だが、練習への姿勢は前向きで明るい。武本選手は、やり投のアスリート。これまで世界陸上を2大会、経験してきた。高校から本格的にやり投を始めたというが、それ以前は、野球をしていたという。
「私は4人兄弟で末っ子なのですが、全員、野球をしていて。やりたいことを見つける前に自然に野球をやる流れになっていました(笑)。兄たちがすごくうまくて、活躍していたのが、格好良かったんです。それを見て、私もうまくなりたいと練習をして、試合で活躍したり、勝ったりするのがすごく楽しかったです」ポジションは投手だったが、ある試合の途中に捕手が熱中症になってしまった。緊急事態に「武本しかおらん」と言われてやると、レギュラーの捕手以上のプレーを見せた。それから正捕手になったが、当時から強肩で、矢のような送球で盗塁を阻止し、「誰も走らせなかった」という。「肩は、強かったです。小学校の時、ソフトボールの遠投で68mを投げたんです。チームの中ではもちろん、男子より投げて、校内で1番でした(笑)」
やり投の素地は、この時から作られていたのだろう。

ジャベリックからやり投へ

野球は大好きで中学生になってもたまに楽しんでいたが、中3になって「やりのおもちゃみたいなジャベリックを投げていた」という。ジャベリックとは、羽根がついた投擲物だが、やり投の導入段階に使用されているものだ。だが、なぜ、いきなりジャベリックだったのか。
「その頃、私の父が高校の教員で陸上を指導していました。父はもともと陸上をしていたこともあって、私は肩が強いので、いずれやり投をさせようと思っていたみたいです。野球とかソフトボールを投げさせたり、陸上でジャベリックに触れさせたりして、そのまま自然な流れでやり投にもっていくのが父の企みでした(苦笑)。まんまとそのレールに乗っかったわけです」

父の飴と鞭

高校でやり投を始めると、天性の肩の強さを活かしてメキメキと上達した。高2のインターハイで2位、高3のインターハイ、国体少年部ではともに優勝した。指導は、高校の部活の先生に加えて父親が行っていた。「父からは『自由に投げろ』と言われていました。父は、私の性格を理解しているので、スパルタな時もありましたが、肩が強いのでそれを生かしてやっていこうという感じでした。練習していくなかで、与えられた課題をクリアしていくおもしろさがありましたし、どんどん記録が伸びて兵庫県では勝てていたので、すごく楽しかったです」

父は、日常の生活ではある程度、自由を認めてくれてはいた。ただ、試合になると別だった。鬼のような声が聞こえてくることもしばしばだった。
「父は、兵庫県の試合の審判をしていました。そこで私がよくない投げをすると、ドカーンと一発喰らうような、すごい声が聞こえてくるんです。転んだ時は『何しとんや』とか、結果がよくない時は『悪くても顔に出すな』と、怒られたりしました」
それでもインターハイで優勝した時は、父も喜んでくれた。

コーチへの信頼が結果を生む

高校の恩師は、武本選手の実力や性格をよく理解していたので、無理を強いることはなく、ある程度の自由を与えた。武本選手もそのおかげで「やり投をイヤになることなく、続けられた」という。
武本選手は、周囲の理解と自らの努力によって大学でも成長した。
大阪体育大4年時は、日本学生選手権で62m39(日本歴代4位)の自己ベストをマークし、翌2022年には世界陸上に出場(11位)、2025年の世界陸上(30位)にも出場した。日本選手権にも104回大会から110回大会まで出場している。 
大きな舞台での経験が多いが、一番、印象深いのはどの大会だったのだろうか。
「6月に行われた日本選手権です。最初から調子が上がらず、これまでだとそのまま終わってしまっていたんです。でも、この時は調子が上がらない中でも自分なりにうまくまとめることができて、セカンドベスト(61m74)で2位になれました。自分で立て直すことができましたし、昨年から新しいコーチにお願いしたことも転機になりました。コーチからのアドバイスを全て信じて実践したことで、それまで練習で積み重ねてきたことが試合でもできるようになって、自分の成長を感じることができました。」

コーチとの良好な関係

オーストラリア人のコーチであるマイク・バーバーとは試合に行くがてら合宿に参加させてもらった際に出会った。人間的にも魅力があり、練習メニューも自分に合っていると感じた。
「もっと上を目指したいと思った時に、彼にコーチングをお願いしました。コーチは、普段ブリスベンにいて、オンラインで連絡を取り合っていますが、頻繁にすり合わせをしているので、考えていることが一致しているんです。だから、試合の時もコーチの言葉を信頼できているんだと思います」
コーチとの良好な関係は、選手を飛躍的に成長させる源になる。日本選手権でコーチの言葉を信じ切ってセカンドベストを出せたことは、今後の競技人生を考える上で、ひとつのターニングポイントになったといえるが、今後、どれだけふたりでやり投を高めていけるか。ふたりの今後の活躍が楽しみだ。


 

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