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記事: 運動音痴から最強の市民ランナーへ

運動音痴から最強の市民ランナーへ
interview

運動音痴から最強の市民ランナーへ

Why I RunStories from Runners
vol.5 蟻塚真衣さん 前編

Text:Shun Sato

運動と無縁の日々

 市民ランナーとしては、最強ではないだろうか。

 蟻塚真衣さんは、マラソンで2時間42分25秒のタイムを持ち、ウルトラも走る。ランニングのイベントやレースにゲストとして参加、ランニングの練習会ではぺ-スメーカーとして引っ張る。スラッとした体とポニーテールでロードを走ると、「速っ」と多くが振り返り、「真衣さーん」という声援が響く。その堂々とした走りからバリバリの陸上経験者かと思いきや、学生時代、陸上はまったくの未経験だった。

「中学の時は、テニス部でした。コート整備を担当していたので毎日、日焼けして真っ黒でした。もう、それがすごくイヤで、正直、汗もかきたくなかったんです(苦笑)。もともと運動自体、それほど興味もなかったので、これなら家の中で涼しい所にいた方がいいなって思っていました。途中で辞めるのはイヤだったのでつづけましたが、中学3年間は苦痛の日々でした。その影響で高校では部活はせず、習い事で書道をしていましたし、大学はアルバイトの日々。運動とは無縁の生活をしていました」

 大学を卒業すると一般企業に就職した。特に打ち込むものもなく、普通のOLの日々を過ごしていた。

  

月間100km未満でのマラソン挑戦

 走るキッカケになったのは2016年、友人からの誘いだった。

「ある日、友人に、『名古屋ウィメンズマラソンに、思い出作りとして出てみない? 真衣ならやってくれるかなと思って』と誘われたんです。最初は本気で運動したことがなかったですし、走るのも遅かったので迷ったんです。でも、その頃、密に連絡を取っている友人がいなかったので、久しぶりに連絡をくれたのがうれしかったですし、思い出作りならいいかって思って走ることにしたのです」

 やると決めたが、陸上未経験者ゆえにフルマラソンの距離も分からなかった。調べてみると「42.195km」と分かったが、その距離がどんなものなのか想像もつかなかった。

「そんなレベルで距離感もなかったので、マラソンいけるかなと思ったんです」

 練習は5㎞からスタートしたが、翌日、体中がひどい筋肉痛になった。42キロも走ると思うと気が遠くなったが、やると決めたからには途中でやめられない。レースまで3か月間、毎週3回ほど仕事終わりの夜に走った。日焼けするのが嫌だったからだ。ロング走は30㎞走を1回、20㎞走を1回走った。名古屋(2017年3月)まで毎月の月間走行距離は100㎞未満だった。

「今思うと、100㎞未満でよくマラソンに臨んだなと思いますね(苦笑)。でも、意外と走れて4時間25分24秒でした。つらさはなかったですね。みんなと走って楽しかったですし、思ったよりも速く走れたので初めて運動で達成感を覚えました(笑)」

 だが、ここで一度走ることから少し離れることになった。友人が名古屋を最後に走ることをやめ、真衣さん自身も一人で走るほどモチベーションを維持することができなかったからだ。

サブ3.5の壁

 転機が訪れたのは2018年11月の大阪マラソンだった。実家が大阪なので走っている姿を両親に見てもらいたいと思い、エントリ―した。

「これが3回目のマラソンでした。絶対に4時間を切ると決めて走り、2回目の青島太平洋マラソンで出した3時間59分11秒のPBを更新して、3時間50分で走ることができたんです。よく『気持ちが強いね』と言われますし、それで空回りすることもあるんですけど、自分が決めたことは必ずやり遂げたいという気持ちが強いですね。ただ、この時は、あんまり練習したつもりがないなかタイムが伸びたので、もっと練習したら速くなるかもって思いました」 

 サブ4を達成した後、順調にタイムを伸ばしていった。そのまま勢いに乗ってサブ3.5を狙ったが、そこで初めて壁にぶつかった。

「とんとん拍子でいって30分切りもいけるって思っていました。でも、サブ3.5は難しかったですね。ワンシーズン、狙ってできませんでした。でも、コツコツと練習していましたし、いつかはできるだろうとわりと楽観的に考えていました。そうして、3.5をクリアできた時は、達成感がすごく大きかったです」

食べるために走る

 中高時代、運動に対するコンプレックスがあった。

 球技が出来たり、足が速いと目立つが、そこからは遠いところにいた。マット運動や跳び箱、倒立も苦手だった。運動音痴なマインドになっていたが、大人になって始めたマラソンは継続し、目標をクリアしてきた。

 マラソンを続けられた理由は何だったのだろうか。

「最初は一緒に頑張れる友人がいたのが大きかったです。甘い物やおいしいご飯を食べて、『食べた分、カロリー消費しないとね』と言いながら走るみたいな(笑)。そういう環境があったから続けられたんだと思います。その後、タイムを狙うようになってからは仲間との練習ですね。その環境が私をすごく成長させてくれたと思います。」

練習に完璧さは求めない

 走れるようになるとペーサートラッククラブに属し、練習会で仲間と一緒に練習するようになった。チームでペーサーに引っ張ってもらって走ると、徐々に自分の走力が上がっていくのを感じた。

「ペーサーで引っ張るとペースのことで頭がいっぱいになるんです。でも、引っ張られるとペース以外の足の調子とか、呼吸とか、どこが痛いとかを考えて走れますし、ついていこうという気持ちになって頑張れるんです。スピード練習は、もう単独で走るとか考えられないですね」

 レースも集団に入って走るのが好きだという。

「レースでは、同じチームの人が参加する場合、私もそこに合わせて参加したり、逆に私に合わせてくれたりしています。単独でというより誰かと一緒に走れる環境を作ってレースに臨んでいます。私は身長が高いので、うしろにつかせてもらうのは男性が多いです。女子も速い選手はいるんですけど、ストライドの広さが違うので、リズムが合う人がいないんですよ。なので、どうしても男性のうしろについて走っています」

 男性の仲間がいない場合は、自分とリズムが合いそうなランナーを見つけて、走るようにしている。

「私が最近、名古屋ウイメンズや大阪国際に出ないのは、一緒に走ってくれる男性がいないというのもありますね(笑)」

 練習は緻密に積み重ねていくが、完璧さを求めていない。

「緻密、厳密にやろうとしていますが、今週はこの練習できなかったとか、今日はポイント練習を落としてしまったとか、普通にあります。前はこのペースを余裕で走れたのに、それすらもできない時もあります。完璧にこなせないからといって落ち込むとかはないですね。できなかったらしょうがないと切り替えていきます」

走ること以外できない

 ずっと走り続けていると、少しランニングから離れたいとか、飽きたり、挫折した経験はないのだろうか。

「ランニングが飽きるとかはないですね。気持ちが離れることもないです。他のスポーツができなかったですし、私には走ること以外できないので(笑)。これだけ走っていたらモチベーションが下がるんじゃないのとか、挫折の経験はありますかとかもよく聞かれるんですけど、それも正直ないです(笑)。タイムが出ないと悔しいですけど、もう走りたくないとか思ったことは1度もないですね。基本的に食べて、寝ると次の日に引きずることはないです」

仲間の称賛

 飽きることがないのを証明するように毎週末レースやイベントに参加し、それこそ休む暇がないくらい精力的に活動している。月間走行距離も実業団の選手レベルぐらい走っているのではないかと想像してしまうが‥‥。

「ぜんぜんですよ(苦笑)。月間でいうとだいたい350㎞、1週間90㎞ぐらいですね。500kmは、1回行ったぐらいです。私の場合、レースのために練習をして、というよりもレースが練習になっている感があります」

 真衣さんがランナーとして、周囲から認められ、自らその走力やランナーとしての可能性を自覚することができたのは、サブ3への挑戦をした時だった。ただサブ3ではなく、サブエガ(2時間50分切り)を目指してレースに臨んだ。

「サブ3はもちろん、サブエガもいけるっていう確信があったんです。実際レースでもキロ4ぐらいで走っていて、悪くなったのですが、最後に落ちて2時間55分でした。それに納得がいかなくて、すごく悔しかったんです。でも、みんなには『すごいね』って言われて‥‥。その時、初めて私って走れるんだなって思いました」

 サブエガは、2022年のぐんまマラソン(2時間48分25秒)で達成した。

 私って走れるんだ。
 そう思った時から今もずっとそう思って走っている。

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